正しい生活、教えます 「清潔を心がける」の巻

パソコンのマウスを丁寧にきれいに拭きあげる、次いでパソコン本体のディスプレイ、キーボード。パソコンにスイッチを入れておいて、立ち上がるまでの時間を利用して携帯電話、固定電話の2個の子機を拭く。
これが毎朝私が起床後洗面を済ませて最初にする日課だ。
もうお気づきだろうが、これらの機器は実は手で触り、口を近づけて話をすれば唾も飛ぶので、かなり不潔になるものだ。どこかで読んだような気がするが、キーボードなどは便座と同程度の大腸菌に汚染されているそうな。
確かに私も行儀の悪い話だが、ついつい食事をしながらキーボードを操作したりすることもある。
最近はやりのスマホとやらに至っては、指でやたらに弄繰り回すのだから、不潔極まる。どこかの週刊誌で、スマホはノロウイルスの温床とか言っていた。
ま、そういうわけで朝の最初の日課としてこんなことを毎日している。おかげでパソコン、マウスは白色だが、今もって真っ白、ピカピカである。

扨、市民のためのがんペプチドワクチンの会のサイトなどを訪問される方は何とかがんの症状が改善できないか、もしかすると一発で快方に向かうのではないか、というような期待を持たれるかもしれない。誰でも、注射一本、錠剤一粒飲んで、病気が良くなることを考えるものだ。

最近の健康食品、サプリメントブームも似たようなものかもしれない。平成24年5月23日放送のNHKためしてガッテン「発見!トクホ(特定保健用食品)でやせる本当のコツ」でも、「脂肪を消費しやすくする」といった表示を行うことが国に認められている「トクホ」の効果を厳しく見直している。

目が疲れるからブルーベリー、関節がすり減ったらグルコサミン、コラーゲンで肌をプルプルに、などなど。そんなにうまく行くもんかいな。「市民のためのがん治療の会」HPの「がん医療の今」に掲載した「いわゆる健康食品」などはがんに効くのか? 『健康情報を見極め、信頼性を見抜くのは、「あなた」』(http://www.com-info.org/ima/ima_20100120_aida.htmlでは、独立行政法人「国立健康・栄養研究所」の健康食品等に関する情報を掲載しているので、こちらももぜひご覧いただきたい。

話しを元に戻そう。

がんの治療は今のところ手術、放射線、抗がん剤の3大療法が標準的な治療法なので、これで対応しよう。さらにはこれらに行き詰まったら、何とかペプチドワクチンなどを考えてみたい。だが、そういう治療の前に、清潔を心がけるというような基礎的な生活習慣を着実に守ろう。

日本人は清潔好きと言われるが、私の見るところ男性は公衆トイレで半数程度は手を洗わない。

こういうことをいい加減にして、良い薬があればというのもいかがなものかと思うが、みなさんはどうお考えだろうか。

がんは生活習慣病ということをもう一度考え直してみたい。

12月10日、中村祐輔先生の最新刊『がんワクチン治療革命』発売!

12月10日、中村祐輔先生の最新刊『がんワクチン治療革命』が講談社より発売されます(税別定価1400円)。

■ 21世紀の医療はここまでがんを治せる
これまでの免疫療法ではなく、体内に巣食うがん細胞を発見、がんだけを狙い撃ちするがんペプチドワクチン療法(特異的免疫療法)は、全世界の研究機関や製薬会社で開発が進められ始めた。ヒトゲノム解析の世界的権威でもある中村祐輔氏が中心となって、前例のない大規模な国内臨床研究グループが取り組んでいる「がんペプチドワクチン」はそのさきがけだ。
現在も、日本の医療施設において臨床研究が行われており、がん制圧に向けた大きな一歩を踏み出そうとしている。がんペプチドワクチンは、がんへの起死回生の逆転勝利を得られるだけでなく、再発予防効果をも期待できる21世紀の治療薬なのである。

●プロフィール
中村祐輔シカゴ大学医学部教授・個別化医療センター副セ ンター長
1952年大阪府生まれ、大阪大学医学部卒業、医学博士。阪大附属病院、市立堺病院で外科医として勤務後、渡米、ユタ大学人類遺伝学教 室助教授に。帰国後、癌研究会癌研究所生化学部長などを経て1994年 東京大学医科学研究所教授、1995年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年 1月 〜12月まで内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長を併任
中村祐輔研究室

■本会編集の『がんペプチドワクチン療法』(旬報社)も併せてご覧いただくと、がんペプチドワクチンの実態をよりよく理解することができます。

神奈川県、がんワクチンセンターの設立を検討

東京大学医科学研究所の上 昌弘先生からの情報提供です。

いつも大変お世話になっています。以下、読売新聞神奈川県版の報道です。本日、知事の記者会見です。

「がんワクチンに 県センター検討」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20121108-OYT8T01822.htm

不活化ポリオワクチン、医学部新設に続く、神奈川県の三番目の医療改革の大きなテーマです。将来的には薬事法規制との全面対決に発展すると予想しています。黒岩知事の周囲に、様々なプレーヤーが集まりつつあります。例えば、後述の細田教授は、ハーバード大学から地元星槎大学の教授に就任しました。

●追記(11月25日)

黒岩知事に要望書を退出する會田代表

当日、市民のためのペプチドワクチンの会の會田代表が、患者の立場から神奈川県のがんワクチンセンター設立に向けて、黒岩知事に要望書を提出しました。

 

 

 

 

要望書の内容は下記からご覧ください。

220121108要望書

がんワクチンは様々なメディアで盛り上がりつつあります。

東洋経済BOOKS ONLINE
細田満和子・星槎大学教授連載
【知ってトクする 予防接種の話】第4回 不活化ポリオワクチン開始の舞台裏(ポリオの会と神奈川県)
http://ht.ly/emv5i

NHKスペシャル 11/18 「がんワクチン 夢の治療薬への格闘」
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1118/index.html

余談ですが、明日・明後日の第七回現場からの医療改革推進協議会シンポジウムでは、国内でがんワクチン治療をもっとも行っている浅原新吾先生(千葉徳州会)が登壇し、最新の治療成績を発表します。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1118/index.html


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
上 昌広

 

サポーターの声 2012A0003

このたびT・Yさん(M・Tさんのお嬢様)から残念なお知らせと共に、以前M・Tさんがお送りくださったご寄稿とご丁寧なメールを頂戴しました。そこで、ここにM・Tさんのご遺稿と共に掲載させていただき、心からご冥福をお祈りする次第です。
M・Tさんとは一度しかお目にかかりませんでしたが、あの感銘深かった3月22日の中村先生の最終講義の日に、奥様お嬢様と共に医科研講堂にお出でになり、その折に手を握り合ってご本復をお祈りいたしましたことを昨日のように思い出します。
M・Tさんの前向きで明るく、しかも周到な闘病の軌跡が、きっと多くの方々のために役立つことでしょう。合掌。

「~免疫力に始まり免疫力に至る~」
 M・T

ガーン
「なぜ私が?」
「死」
「抗がん剤」/「髪の毛が抜ける」
「漢方薬」「サプリメント」
「QOL」
「人生分け目のか・き・く・け・こ→生き生き人生/がんになる人生」
(か→感動/かっかしやすい き→希望/気遣いが多い…)
「自律神経失調症/交感神経/副交感神経」
「免疫力」
「がん患者の会」「市民のためのがん治療の会」
「がん闘病記」
「がん細胞/直径1cmに成長するまで約10年」
「遺伝子のコピーミス/免疫をすり抜けた遺伝子」

私ががんを患った当初、以上のような語句に接しました。
そんな中、なぜがんになったか…、あるいはがんをやっつけるには…の答えに≪免疫力≫が重要な部分を占めることを漠然と認識したものでした。

                     私の病歴

ここで、ドクターをはじめ私のがん治療にたずさわっていただいた方々に感謝の心を込めて私の病歴を紹介します。「市民のためのがん治療の会」に入会し最初のセカンドオピニオンを頂いたのは、原発の舌がん手術から1年半後の2006年11月21日でした。その時、がんをやっつけるのは手術だけでなく進化した放射線治療があることを知りました。それ以後、5回のきめ細やかなご回答を會田会長経由西尾正道先生から頂きました。頭の中が混乱している時のアドバイスは“にっくきがんめ!やっつけてやる!”というポジティブな気持ちになれました。人生で初めて“救われた”ということを実感しました。

● 原発
2005.06 舌がん発症
摘出手術
(大学病院耳鼻咽喉科/頭頸部外科―東京)
● 転移
2005.12 左頸部リンパ節転移
左頸部郭清・右上頸部郭清・気管切開手術
(同上の大学病院)
● 転移
2007.1 右肺に転移(扁平上皮がん/非小細胞がん)
放射線照射および抗がん剤投与
(大学病院耳鼻咽喉科/放射線科―福岡)
(同上の大学病院の主治医の指示により福岡の総合病院での抗がん剤治療)

以後経過観察する中で
● 転移肺がん再発(4年経過後)
2011.1 転移肺がん右肺門再発
抗がん剤投与
(同上の大学病院の主治医の指示により山口の総合病院での抗がん剤治療)
● 喀血
2011.12 喀血
気管支内視鏡検査
(国立病院機構 医療センターー山口)

                  ペプチド・ワクチン

この喀血は、第五の“ガーン”でした。
国立病院機構 医療センターのドクターが、過去6年間に放射線照射・抗がん剤投与を受けているので、新たな治療は限界だと言われました。
これで万事休す。あとは緩和ケアによる対応しかないのかと悲しい気持ちになりました。6年前と違い今の私には“死”は怖くありません(正直には98パーセント)し、やり残したことが2つあること以外には覚悟はできています。
そんな中、年の瀬も押し迫った12月30日衝撃的なメールが會田会長から届きました。またまた“救われた”と思いました。自然と涙が出てきました。
それは、東京医科学研究所の中村裕輔先生のペプチド・ワクチンの情報でした。早速中村裕輔先生のホームページ(Dr YUSUKE NAKAMURA’LABORATORY)を閲覧し、私に合った病院を探しました。
肺がん(転移)の対応病院である岡山県の大学病院に連絡を取りました。ところが、またまた第六の“ガーン”です。万事休す。
それは、私のがんは肺がんではなく原発の“舌がん”つまりがん種は頭頸部がんだということでした。
あらためて、中村裕輔先生のホームパージを念入りに閲覧したところ最終欄に熊本大学病院歯科口腔外科と昭和大学歯科病院口腔外科がありました。ヤッターと思いましたがまだまだ安心はできません。血液型が合わなくてはなりません。早速熊本大学病院を受診しました。
血液検査(2週間かかりました)の結果、ワクチン接種が可能ということになり、早速1月25日(水)から毎週1回水曜日にワクチン接種を開始することになりました。
ところが、4回目を接種した頃(2月15日)呼吸が息苦しくなり、国立病院機構 医療センターを受診したところ、肺門の腫瘍が思ったより早く成長しているとのことで、ステント留置術を2月24日に受けました。これはワクチン接種の好転反応ではないかと思いましたが、ワクチンは3ヵ月後くらいから効果が出るようなので私の勝手解釈でした。
こうなったら腫瘍の成長とワクチンの効果とのせめぎ合いです。ワクチン頑張れ。ケセラセラで行こう。自然体でいこう。これまた免疫力アップかなと思いました。
手術および入院の間、3回ワクチン接種を休みしました。以後、3月14日から5回目を再開しました。

                 會田会長さんの東奔西走

3月1日に會田会長より中村裕輔先生の講演会が3月22日(木)に開催されるとのメールが届きました。丁度、3月21日(水)に6回目のワクチン接種がありますので、熊本空港から一路東京に飛び、中村裕輔先生の講演を聴講しました。
昨年暮れのペプチド・ワクチン情報をはじめとしたこのような會田会長からの情報提供に“救われる”と同時に“感謝”です。幸せます(山口の方言)。
また、3月16日の参議院予算委員会において、新党改革の荒井広幸委員がペプチド・ワクチンの実用化の提言をしました。荒井発言の中に會田会長の紹介がありました。これまた會田会長の要請活動の結果でした。
このように、われわれへの情報提供、中村裕輔先生との信頼関係を基点としたペプチド・ワクチンへの取り組み、ワクチンの法的制度化への要請活動等々、會田会長の世のため人のための粉骨砕身には、頭が下がります。と同時に昨年12月30日のメールにある≪自分で勝ち取ろう≫精神の先達者としての會田会長に、われわれもおんぶにだっこではなく、まさに≪自分で勝ち取ろう≫と行動したいものです。

                  ≪自分で勝ち取ろう≫。
ポジティブ・チェンジで行こう。
免疫力で行こう。

(参考)荒井広幸参議院議員の委員会提言の内容(You Tube)

まだ戦っています
ステント留置術およびレーザー焼灼術を、2月24日から6月4日の間に都合7回受けました。

今のところ、がんは小康状態を保っているようですが、いつ起きだすかわかりません。今後は、NK細胞の活躍に期待を込めて心を確かに生活しようと思っています。

小生は、現在「自然農」という方法での米や野菜作りに挑戦して3年目です。ある程度の達成の域にはあと4、5年はかかります。この社会的使命を含んだ目的を“免疫力”として人生を全うしたいと考えております。

<M・Tさんのお嬢様からのメールです>
會田様

突然のメール、大変失礼します。
私は、M・Tの娘で、T・Yと申します。
會田様とは、今年3月22日の東京医科研での中村先生の講演会後に、父と母と一緒にお目にかかりましたが、覚えておいででしょうか。

このたび、僭越ながら、會田様にお知らせしたいことがあり、ご連絡させていただきました。
去る9月24日朝、父が永眠いたしました。
8月に、會田様より、父の闘病記の全文が会誌に掲載できますとのご連絡をいただいて、本人もたいそう喜んでいたのですが、もうPCに向かう元気もなく、そのままになっていましたのを死後見つけまして、こうしてご連絡させていただいている次第です。
原稿を送付させていただきますので、もしまだ可能でしたら、掲載の方、ご検討いただけますと幸いです。

とはいえ、本文は6月あたりで途切れておりますので、その後を補足させていただければと想います。

ステント留置術およびレーザー焼灼術による入退院を計7回繰り返し、7月30日の血液検査の結果、緩和病棟への入院が決まりました。
その後、8月10日のCT検査で右肺が腫瘍で完全につぶれていることが確認され、ステントをこれ以上入れるのは難しいとの診断が下りました。左肺はきれいなままでしたが、仮に出血し左肺まで行くと致命的となるため、止血剤の点滴が始まりました。また、肺炎にもかかっており、炎症を抑えるため、またMRSA(院内感染)も出ているため、の抗生剤の投与も始まりました。
父は家に帰りたがっていたので、ある程度炎症を抑えた時点で在宅療養を検討することになっており、母もそのつもりで準備を進めていたのですが、父はそのまま退院することはありませんでした。

非常に残念な結果になりましたが、父は最期まで闘う姿勢を崩しませんでした。
退院日を11月15日(何となく、だそうです)に定め、着々と準備を進めていました。
テレビや新聞で情報収集して高血圧の薬を飲むタイミングを調整してみたり、普通食が飲み込みにくければすぐに嚥下食に切り替えて味付けやトッピングして食事を楽しもうとしたり、リハビリの先生に痰を出しやすくする呼吸法や体操を教わればさらに自分で研究、改良したりして、少しずついろいろな困難を克服して行く姿に、幾度となくまわりの人間の方が元気づけられました。
また、ペプチドワクチンの接種に命をかけており、8月は、医師もいい顔をしない中、息子(私の兄)の運転する車で、酸素ボンベを4本抱えて6時間かけて熊本まで出向き、ワクチンを接種してきました。9月も、26日に予約を取っており、医師に何があっても責任は問わないという誓約書(代筆させられました)を準備し、着ていく服や履いて行く靴まで選んで楽しみに待っていましたが、とうとう行くことがかないませんでした。
最期は、母と兄に見守られながら、静かに息を引き取りました。
私は最期の瞬間には間に合いませんでしたが、その前の1週間、怪我で入院した母の代わりに父の病院に付き添い、父と二人きりの穏やかな時間を過ごすことができましたので、悔いはありません。

癌は恐ろしく、父の命を奪った憎い病気ですが、その病にかかった父からいろんなことを学びました。
7年間、立派に病と闘い、最期まで必死に生きた父は、私たち家族の誇りです。
父に恥じないよう、私たち家族も、これからを精一杯生きて行こうと思います。

長文になり、申し訳ありません。
以上が父の最期の2ヶ月間になります。

會田様には、大変お世話になりました。
父のモットーである「世のため人のため」を実践されている會田様の活動に、父はいたく感銘し、励まされていたと思います。
これからも、父のような病に苦しむ人に、光を与えていただければと思います。
末筆ながら會田様をはじめ、市民のためのがん治療の会の皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

                                            T・Y

サポーターの声 2012A0002

                 平成24年9月24日

投稿日:2012年9月24日

「市民のためのがんペプチドワクチンの会」の開催する講演会、発行する本、HPで発信する情報、ブログなどで広がる、いつでもどこでもだれでも、受けたいと思う人がいつでもペプチドワクチン療法を受けられる社会を目指すネットワークに、みなさんもどうぞご参加ください。
今日は東京都のS.さんからの投稿です。

今まで仕事や旅行などで何度か海外へ行ったことがありますが、私はその度に日本の良さを再確認していました。
おいしい食事、行き届いたサービス、整備された環境・・・どれをとっても日本人であることを誇りに思えるものだと思います。
しかし、そんなわが国が薬においてはこれほどまでに遅れをとっているなんて全く知りませんでした。

昨年秋、私の母が膵臓がんであると診断されました。半年ごとの定期検診でみつかったものの、すでに肝臓に転移しており手術不能でした。
担当医師から「治ることはなく、抗がん剤によって進行を遅らせることしかできない」と言われ、頭が真っ白になったのを今でもよく覚えています。

当時私は母にとって初孫である1歳に満たない双子育児の真っ最中でした。日々の成長を楽しみにしてくれていて、「やっとやっと親孝行できた」と幸せいっぱいだった日々が一転、毎日涙を流し、笑いのない生活が始まりました。

そんな中少しでも情報を集めようと私はパソコンに向かいました。しかし、目にするのは膵臓がんの厳しい現実ばかり。こんなに進行が速く平均余命が短いなんてまったく知りませんでした。
「知らない方がいいのでは・・・」と調べるのをやめようと思いましたが、私にできることはそれくらいしかなく、育児の合間に時間を作っては情報収集していました。

そんな時ふとみつけたのが、「余命半年と言われてから7年生きてます」という母にどことなく雰囲気も似ている方のブログでした。「例え1人でもこういう方がいるんだ」と知った瞬間、すごく勇気をもらい、一瞬で私の気持ちに変化が起きたのがわかりました。不思議なくらい涙を流すこともなくなりました。
その後も、同じように余命宣告をものともせず長生きしている方のブログをたくさん見つけ、「下を向いていてもしょうがない。希望を持って今までと同じように明るく生活しよう」と以前のように笑いのある毎日が復活しました。母も治療をしながら、生きがいである「孫の洋服作り」を再開し、気力もびっくりするくらい出てきました。

やはり同じ治療をするのでも、明るく前向きに過ごしているのと、悪いことばかり考えてしまいながら過ごすのでは効果は違ってくると思います。延命効果もあると確信しています。

とはいえ、がんと診断されて抗がん剤の副作用と戦ってる中、前向きに過ごすことなんて容易ではありません。

でも、「希望を持つ」ことによって多かれ少なかれ前を向けると私は思います。

今までは気に留めていなかっただけなのでしょうが、注意して見ていると至る所でがんの最新治療法が紹介されています。すぐに実用化とはいかないものがほとんどですが、「夢の新薬」へ一歩ずつ近づいている気がして嬉しく思います。

ただ、「ペプチドワクチン」の話題を初めてテレビで見たときは「これだ!間に合った!!」と興奮して鳥肌が立ったくらい現実味のある話でした。特に膵臓がんワクチンの1つに関しては「最終解析中」とあり、本当に数ヶ月後には母も治療が受けれるものだと思いました。

が、現実は甘くはありませんでした。最終解析中だったワクチンも効果の差がみられないことから実用化は中止、中には完治した人もいる他の膵臓がんワクチンもその治験に入るためには本当に厳しい条件をクリアしないと駄目であるということを知りました。更に治験に入れたとしても比較試験のため偽薬の人も存在すると知り愕然としました。

治る可能性があるのなら、例えリスクがあっても試したいのが患者の気持ちだと思います。でも、今の日本の制度では患者の声はまったくと言っていい程反映されず、承認までには患者からすると考えられないような長い年月を要します。

「治療薬がないというより、あるのに使えない」という方がよっぽど辛い、と言っていた患者さんがいますが、本当にその通りだと思います。こういったことは「希望」を「ストレス」に変えているだけとしか思えません。前を向いて生きると決めた私自身もこの件に関してはどうしても納得がいかず国の組織を始め色々な人に提言しました。

ですが、まったく変わる感じはなく「もう諦めるしかないかな・・・」と思い始めた矢先、會田さんの「市民のためのがんペプチドワクチンの会」の活動を知りました。「いつでもどこでもだれでも 受けたい人にがんペプチドワクチン治療を」ということを目指して活動してくださっています。このことは正に私たちが渇望していることだと思います。その点を理解してくださり、お忙しい中活動してくださる方々の存在にまたもや勇気づけられ、再び前を向くことができました。本当に感謝しております。

何だか思いのままに好き勝手なことをお話させていただいてすみません。母は抗がん剤の副作用もそれほど強くなく、腫瘍の目立った進行もなく、今のところ自分で日常生活ができるくらい元気にしております。大好きな洋裁も様子を見ながら続けております。

私がつい声を荒げてしまったのは、前述した余命宣告を大きく上回って長生きしていたブロガーの方の1人の方が、つい先日長い闘病生活の末40歳という若さで亡くなってしまったからです。余命1~2週間と言われてから抗がん剤治療だけで6年以上も頑張った方なのに・・・。ここ最近のブログは本当に辛そうで1~2行の更新でしたが、膵臓がん患者達の心の支えでした。

彼の5年前のブログには「すごいがんワクチンができてきているらしい」とか「早く新薬を!」とかいう話題に触れ、「抗がん剤で生き延びて新薬で治す」というような内容が何度も出てきていました。辛い副作用に耐え、膵臓がん患者としては驚異的に長い年月を生き延びてきたのに結局抗がん剤での治療のみで亡くなってしまった彼の気持ちを思うと、家族でも知り合いでもない、ましてや会ったこともない私でさえ強い憤りを感じます。何とかならなかったのでしょうか。

こうしている今も新薬を待ちながら戦っている人はたくさんいます。どうかどうか救えるはずの命を救うために、1人1人がやれることをやって、ペプチドワクチン承認のために頑張りましょう。我が国は待っているだけでは何も始まりません。

そして近い将来このHPが「ペプチドワクチンのおかげでこんなに元気になった」という投稿で溢れる日々を心待ちにしています。

天野篤・順大心臓血管外科教授に学ぶ

                 平成24年9月22日

天野篤・順大心臓血管外科教授に学ぶ

今年5月、19、20日に行われた東京大学五月祭に久しぶりに行ってみた。医学部医学科四年生企画の心臓外科を扱ったフジテレビのテレビドラマ「医龍-Team Medical Dragon-」の制作裏話などを含むトークショウを聞きに行ったのだ。ゲストは長部聡介氏(株式会社フジテレビジョン ドラマ制作センター部長)と天野篤氏(順天堂大学医学部心臓血管外科教授)。天野先生は言わずと知れた天皇陛下の心臓手術の執刀医だ。

小生としては天野先生のお話を聞きたかった。心筋梗塞の既往のある小生でも、心臓外科のことは良く知らない。心臓外科と言えば、南淵明宏大崎病院東京ハートセンターセンター長ぐらいは、いわゆるメディアが良く取り上げるので知っているが、天野先生と言っても、その道では超有名な方かも知れないが、ピンとこない。皆さんはどうだろうか。

天皇陛下の手術となると、一般に一番いい大学は東大で、その中でも医学部と言えばダントツ頭の良いところだから、そのまた医学部の先生となれば超々一流の先生だろうから、東大病院で東大の先生の手術を受けられるのかと思ったら、違っていた。

また、一般に「神の手」として知られている南淵先生でもなく、ほとんど存じ上げない天野先生ということになって、みなさん、へぇー、ということになったのではないだろうか。

「市民のためのがん治療の会」の代表協力医の西尾・北海道がんセン院長はいろいろな語録を出しておられ卯が、その中に「病気は名刺の肩書で治るもんじゃない」というのがある。一般市民は、名医とか有名大学の医学部教授などと言われると、こういう先生に診ていただければ安心だ、と思うのが普通だろう。だがもう一つの西尾語録「素人は騙せても、プロは騙せない」というのがある。メディアの情報で名医と言われる人が、実はほとんど臨床はやっていないこともあるそうだ。だがそういう情報は普通の人にはわからないから、どうすりゃいいんだ、と言われるだろう。そういうことを含めて情報公開をするために10年前に始めたのが、「市民のためのがん治療の会」だ。

今日書きたかったのは、「いわゆる有名な病院、有名な先生だからあなたの病気の治療に最適かというと、そうとは限らない。がんについてしか知らないが、なんでも東京に行って大先生に診てもらえばいいとも限らない、地方にだって、あなたにぴったりの良い先生がおられるかもしれない」ということではない。天野先生のお話の中に、なかなか傾聴すべきことがあるので、ご紹介してみたい。

東大の五月祭に戻るが、天野先生はフジテレビのテレビドラマ「医龍-Team Medical Dragon-」の医学監修をされたそうで、対談で色々なお話をされた。その中で印象的だったことをお話したい。

一言で言えば天野先生は努力家だと思う。失礼ながら、文系で言えば昔は一中、一高、東大、大蔵省主計局などと言われたいわゆるエリートコースの方ではないそうだ。だが、超人的な努力で臨床医としての腕を磨かれたようだ。
先生はほとんど病院に泊りこんでおられるようだ。そこで食事もご自分で用意や後始末もなさるようで、「洗い物も必ずやる。茶碗やコップを割らないように洗うのも、手先の訓練と思ってやっている」と言われた。また、「手足の爪を爪切りではなく、鋏で毎週切っている。これは手術時の鋏の使い方、自由に切り口の決まったところで鋏が止められるようにするなど、常に訓練を怠らない」とも言われた。これはある女子医学生からの質問への答えだったが、要は、勉強は机の前に座った時だけではない、日常生活のあらゆるシーンを勉強の場に応用することを教えられたのだと思う。

扨、今日のテレビで天野先生を取り上げられていたので、その中でも気付いたことを記そう。

実はがん患者会をやっているので、多くの医師にお目に掛かる機会がある。あるとき上述の五月祭の話をある先生方にお話ししたが、にやにやしておられたのを思い出す。どこの世界も「妬み、嫉み、やっかみ」に満ちているが、医師の世界もご多分に漏れず、天皇陛下の執刀医ということになると、「なんであいつが」ということもあるのだろうし、「あれにはこういう裏があって」などと訳知り顔に言う輩もたくさんいるものだが、医師の世界ではそうした裏話があって、私の話など、チャンチャラおかしかったのかもしれない。

そういう嫉妬の渦の中におられるからかもしれないが、今日のテレビで天野先生は、「人の倍ぐらい努力して頭角を現すと、出る杭は打たれる。だが3倍ぐらい努力して頭角を現すと、出る杭も打たれない」そうだ。確かに医学界ならずとも「出過ぎる杭は打たれない」つまりとびぬけた実力となると、皆納得してさすがに打たれなくなるというようなこともあることはある。

また、聴診器を患者の胸に当てるときに、冷たくないように手のひらでこすって温めてから当てておられた。確かに聴診器が当てられると、瞬間的だが冷たいショックが走ることもある。さらには時には聴診器を患者の耳にセットして、先生の心音を聞かせたりすることもあるようだ。要は患者を思い、納得させるための努力を惜しまないということに徹しておられるのだろう。

更に手術は速い方が患者の負担が少なく、また、施術者の負担も少なくなるのでよいが、最近はただ闇雲に手術時間の短縮競争のようになっているが、それは必ずしも患者のためにはならない。本当に求めるのは、「無駄のない」速い手術で、無駄のない速い手術は「美しい」と言われた。

蘊奥を究めた方の言葉には、専門を超えて、あらゆる人々の傾聴に値するものがあるし、患者会にとっても同様に、今までもずっと心がけてきているが、藁をもすがる思いの方々に寄り添い、少しでも役立つような運営を心がけねばならないし、患者もまた人がやってくれるのを待っているだけではだめで、自らも努力することがますます重要になってくると、つくづく思った。

がんペプチドワクチンの今 2012001

第4の治療法の可能性は

肺がんに対するペプチドワクチン療法の開発研究

                          滋賀医科大学医学部腫瘍内科・腫瘍センター
                             教授・腫瘍センター長 醍醐 弥太郎

細胞障害性T細胞がペプチド投与後に誘導された患者さんのグループでは、そうでない患者さんのグループに比べて、有意に生存期間が延長することが示唆され、また、一部の患者さんでは、ワクチン単独治療例における腫瘍縮小症例も認められている。

肺がんは、2005年の我が国のがん統計で約8万4千人が新たに診断され、男性で2番目,女性で4番目に多く、死亡数は2009年の統計で約6万8千人に達し、男性女性ともに死因の第1位であることが報告されています。一方、肺がんは、2008年のWHO世界統計においてがん死の第1位であり、全世界で毎年140万人が亡くなっています。肺がんは、組織の型により非小細胞肺がんと小細胞肺がんに大きく分けられ、そのうち非小細胞肺がんが約85%を占めます。非小細胞肺がんの治療方法は、一般的に臨床病期(病気の進行段階)が比較的早い段階のI~IIIAであれば、手術 (+術後放射線治療) を行い、切除不能のIIIB~IV期の場合、化学療法 (+放射線療法) が行われます。肺がん登録合同委員会の全国集計結果では、1999年肺がん外科切除例の術後の病期別の5年生存率は、IA期83.3%、IB期66.4%、IIA期60.1%、IIB期47.2%、IIIA期32.8%、IIIB期30.4%、IV期23.1%とされ、病期の進行とともに5年生存率は低下し、治癒するには早期で発見することが重要になります。近年、病期IB-IIIA期の完全腫瘍切除ができた患者さんに対して、術後化学療法により予後の改善が期待できると報告があり、進行がんに対しても新規の抗がん剤、EGFR (上皮成長因子受容体) チロシンキナーゼ阻害剤などの分子標的治療薬が使用されて生存期間の延長を認めていますが、今なお毎年肺がんによる死亡数は増加しており、既存の治療法のみでは十分とは言えないのが現状です。ゆえに新たな治療法を確立し、治療の選択肢を増やすことが必要となっています。
近年、免疫機構をつかさどるT細胞が抗原を認識するメカニズムが明らかになるとともに、腫瘍抗原(腫瘍で特異的に作られる抗原)の中に細胞傷害性T細胞 (cytotoxic T lymphocyte: CTL) に認識されるタンパク質が発見され、腫瘍抗原やその抗原遺伝子を利用した治療法が研究されています。悪性黒色腫において細胞傷害性T細胞が腫瘍細胞のいわゆる目印として認識する腫瘍抗原が同定されて以来、様々な種類のがんにおける腫瘍抗原が同定されています。これらのがん細胞の目印となるがんペプチド(ペプチドワクチン)を人工的に作り、薬としてがん患者さんに注射すると、細胞傷害性T細胞(がん細胞を攻撃する細胞)は体内で樹状細胞からがんペプチドの情報をもらい増殖します。その結果、がん細胞への攻撃力が強まり、がんの排除、または進行を抑える効果が期待されています。これまで各種のがんで、がんペプチドワクチン療法の臨床試験が実施されており、また、その変法としてインターロイキン-2や顆粒球単球コロニー刺激因子などの免疫活性化物質との併用、改変ペプチドの開発、ペプチドパルス樹状細胞療法の臨床試験なども行われています。現在の科学的根拠に基づくがん治療法(外科的切除術、化学療法、放射線療法)の改良・新規開発に加えて、生体への侵襲が少なく患者が本来有するがん特異的な免疫能を最大限に活用するがん免疫療法が第4の治療法として実用化されれば、既存の治療法の治療効果を補完し、早期がんの治癒や進行がん・治療抵抗性腫瘍の治療成績の向上に繋がると期待されます。しかしながら、がんワクチン療法における国内外の臨床試験は、これまで期待されたほどの抗腫瘍効果が得られておらず、がんワクチン療法の作用機序を理解した科学的検証が必要となっています。2009年9月にFDAが「がん治療用ワクチンのための臨床医学的考察」と題するドラフトガイダンスを公表しましたが、このガイダンスは、がん治療用ワクチンの臨床試験の実施申請を提出したい企業に対して、がん治療用ワクチンの開発試験に際しての臨床的見地からの望ましい試験計画の考え方を提供したものであり、第Ⅰ相および第Ⅱ相試験(早期臨床試験)、第Ⅲ相試験(後期臨床試験)に共通の考察すべき観点や生物製剤の臨床開発段階で特に注意すべき観点を議論しています。現在、欧米の製薬企業が進めているがん治療用ワクチン開発に向けた複数の後期臨床試験の結果次第では、今後のがん治療用ワクチン製剤の開発が急展開するものと予想されます。
今日、ゲノム研究の進展により,がん細胞の中の遺伝子やタンパク質の量や質の変化に基づき、がんが発生するメカニズムの全体像をより網羅的に把握することが可能となっています。ゆえにがんの発生原因の分子レベルの解明から、新しい予防、診断、治療法の開発を迅速に進めていく研究開発の推進がこれまで以上に求められています。我々は、がんの新しい診断法と治療薬の開発に貢献することを目的に、ゲノム解析技術を用いた1000症例以上の肺がん試料(がん組織・細胞、血液)の網羅的遺伝子・タンパク質の発現解析を行ってきました。これまでに、約30種類のがん特異的タンパク質(腫瘍抗原)を同定し、その情報をもとに細胞障害性T細胞を誘導する能力の非常に高いがんペプチドワクチンのスクリーニングを行い、複数のペプチド抗原を同定しています。これらのペプチドワクチンを利用し、肺がんに対する抗腫瘍効果の統計学的・免疫学的に詳細な評価を行うために、滋賀医科大学付属病院において臨床試験を開始して、安全性、免疫学的反応、そして臨床的有効性を科学的に検証しています。現在、標準的な抗がん剤治療がすべて終了し無効になった複数の肺がん患者さんに3種類のペプチドを投与する臨床試験を実施していますが、細胞障害性T細胞がペプチド投与後に誘導された患者さんのグループでは、そうでない患者さんのグループに比べて、有意に生存期間が延長することが示唆され、また、一部の患者さんでは、ワクチン単独治療例における腫瘍縮小症例も認められており、薬事承認(医薬品としての国の認可)に向けたさらなる検証が必要となっています。今後は、これまでの試験での知見を踏まえた、標準療法不応の非小細胞肺がんを対象にICH-GCP(医薬品の臨床試験の実施に関する基準のガイドライン)に準拠した試験体制で医師主導型多施設共同臨床試験を実施予定です。今日、海外における様々ながん治療薬の開発や新たな臨床試験のエビデンスの集積は急速に進んでおり、新薬開発の内外格差がさらに拡大することが懸念されています。がん患者さんの延命とQOL改善効果のある日本発の各種のがん治療薬の開発研究や臨床試験を推進して新薬を創出することは、がん医療水準の地域格差の是正や現在30兆円に上る国民医療費の抑制と適正化、がんにかかっても生きる希望を持って安心して暮らせる健康寿命の延長による我が国の社会活力の向上に貢献すると期待されます。

醍醐 弥太郎(だいご やたろう)
平成10年山梨医科大学大学院医学研究科博士課程修了後、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター、英国ケンブリッジ大学腫瘍学部研究員、英国ケンブリッジ大学アデンブルックス病院臨床腫瘍内科医員、英国ケンブリッジ大学ウルフソンカレッジシニア学術員、東京大学医科学研究所助手、東京大学医科学研究所准教授などを経て平成21年より滋賀医科大学医学部腫瘍内科教授に着任し、現在に至る。
専門分野:臨床腫瘍学、分子腫瘍学
学会活動:日本癌学会評議員、日本臨床腫瘍学会評議員、日本人類遺伝学会評議員
米国癌学会(AACR)正会員、米国臨床腫瘍学会(ASCO)正会員

サポーターの声 2012A0001

「市民のためのがんペプチドワクチンの会」の開催する講演会、発行する本、HPで発信する情報、ブログなどで広がる、いつでもどこでもだれでも、受けたいと思う人がいつでもペプチドワクチン療法を受けられる社会を目指すネットワークに、みなさんもどうぞご参加ください。
今日は大阪市のK.N.さんからの投稿です。

「市民のためのがんペプチドワクチンの会」の會田様とスタッフの方々へ

毎日酷暑が続いておりますが皆様方はお元気でお過ごしの事と存じます。
先日は無料であのような有意義な会(7月14日大阪での中村先生講演会)を開催していただき大変感謝しております。娘も参加させていただきとても勉強になったと申しております。

私事で恐縮ですが、2009年の夏から闘病が始まり2010年、2011年と夏はいつもベッドでただただ副作用が過ぎるのをじっと耐えている日々でした。
今夏、こんな人並みの暮らしが送れるなんてゆめゆめ思っていませんでした。
中村先生のお陰です。醍醐先生や多くの滋賀医科大の先生方のお陰です。      「感謝!」に尽きます。
食欲が出て美味しく食事をいただける有難さを毎日かみしめています。
人間食べなければガソリンの入っていない車と同じで、正しくガス欠状態です。
元気な時は当たり前だったトイレに行くのさえ自分の体を壁伝いに運ぶんです。
これは経験した人にしか分からない感覚でしょうね。
以前、私の最初の主治医に「先生も患者の気持ちが分かる為に抗癌剤を経験すれば、」と冗談で言った事がありました
その先生は若い研修医でしたが 「ほんとその通りですね」と笑って言って下さいました。
若くても患者の心に添って下さる方で今も不安な時は相談に乗って下さいます。
中村先生がおっしゃっておられた「慈悲」の心を持っておられるお一人です。
今私は幸いにワクチンが効いています。
今後どうなるかは神のみぞ知るですが「今」を楽しみ、感謝し、暗い事は一切考えず、諦めず前向きに行こうと思っています。
いつも少し先に楽しいイベント(分なりのささやかな物ですが)を作って暮らしております。

話は変わりますが 最近テレビで「日本人の二人に一人はがんになり、三人に一人は亡くなります」なんて放送してますが、そんな漠然とした警告では誰一人関心を向けません。
それなら副作用の苦しさを延々(ちょっとおおげさ)放送した方が、私のような暢気な人間も検査を受けてたわと、ついテレビに向かってぼやいてしまいます。
薬の輸入超過を国民に知らせ、抗がん剤の副作用の本当の苦しさを知らせることが先決かなと市井の主婦は思います。
元気な時こそ何かお役に立てればと思っておりますので、遠慮なくおっしゃって下さいませ。

心に浮かんだことを取り留めもなく書きました。乱文で申し訳ございません。
まだ酷暑は続きそうですが、會田様、皆様どうかご自愛をお忘れなくお過ごし下さいませ。
失礼致します。