斎藤博之のがん日誌 第2回 最適な治療法を求めて

斎藤博之のがん日誌
第2回 最適な治療法を求めて

本会では、標準治療に行き詰まった患者さんやご家族の方、副作用の少ないがん治療を求めている方々のネットワークをつくりたいと考えています。趣旨に賛 同される方はinfo@ccpvc.orgにご連絡をください。また、本記事に関する質問やメッセージも募集していますので、コメント欄あるいはメールで ご連絡ください。

●がん宣告を夫婦でどのように受け止められましたか?

「すい臓に腫瘍があります。検査入院をして詳しく調べましょう……」。それから告知を受けるまでに年末年始をはさんで約2週間、妻はまだ母乳を与えてい た次女の離乳に始まり、二人の娘たちの登園の支度に追われ、あっという間に時間が過ぎていきました。夜な夜な夫婦二人で万一「がん」と告知された場合どう するか……、その後の生活習慣の改善などを話し合い、考える日々を過ごしていました。
さすがに「末期がんです!」と医師から告知を受けたときには、妻も私も手を取り合いながら、涙が止まりませんでした。妻から一人で病室で考えたいと言われましたが、医師にお願いして一時帰宅を了承していただき、自宅に戻り改めて今後の治療に向けて話し合いました。
ただただ、涙がとまりませんでした。

●がんに関する情報をどのように探しましたか?

すい臓がんに関しては、親族にも罹患したものが見当たらず、インターネットからの情報しかありませんでした。
絶望を感じていました。
しかし、代替療法として食事の改善から免疫力を上げて、抗がん剤治療に負けない体力、気力づくりが第一と考え、調べながら実践し始めました。
当初から主治医の施す「標準療法(手術、放射線、抗がん剤)」しか受けられないだろうと考えていましたが、他の治療法についても探しました。先進医療と 呼ばれるありとあらゆる治療法も、全て新潟県外にしかありませんでした。電話で問い合わせると、大半の回答は「まず紹介状をもって来てください!」という ものばかりで、治療を受けられるかどうかの返答すら貰えなかったのが実際でした。
ですから、だれを頼れば良いのか、何を信じれば良いのか本当にわからなくなっていました。

●最適な治療法を探す過程で何が壁になりましたか?

闘い続ける妻には、祈り続けるなかで「必ず自身に適した治療法が見つかる!」という強い信念がありました。ですから、夫である私自身も含めて親族の皆も、確信のない治療法については安易に勧めず、私たち夫婦の意志を尊重してくれました。
インターネットで検索している中で、「第4の標準治療法」という見出しに引きつけられ、「市民のためのがんペプチドワクチンの会」を知りました。そこからさらに調べていくなかで、「膵がんペプチドワクチンの治験」を知りました。「これだ!!」と希望の光が見えました。
治療法を探す過程で最大の壁は、承認薬、標準治療しか医師は教えてはくれない、ということでした。実際に、膵がんペプチドワクチンの存在はおろか、治験に関する情報も医師からは全く教えていただけませんでした。

★最愛の妻をがんで亡くした夫が、宝くじで当たった約40億円を全て寄付! カナダでの出来事ですが、宝くじにあたった皆さんから本会に寄付をお寄せいただければ、第4の標準治療法として期待されているがんペプチドワクチンの一刻も早い製薬化に役立てたいです。
http://news.ameba.jp/20131225-601/

齊藤博之のがん日誌 第1回 妻の末期がん宣告の衝撃

齊藤博之のがん日誌
第1回 妻の末期がん宣告の衝撃

3大標準治療に行き詰まり38歳になったばかりの奥様を亡くされた、本会会員の斎藤博之さんに「齊藤博之のがん日誌」の連載をしていただきます。奥様が突然末期がんの宣告を受けたときから、必死にがんの治療法を探すなかで明らかになったがん治療の限界や問題点を、編集部の一問一答形式で明らかにしていただきます。

●最初にがん告知を受けたときにはどんな気持ちでしたか?

医者からがんという話を聴いたとき、すぐに妻の死を覚悟しました。単に「腫瘍が見つかりました」というだけならショックを受ける程度ですが、膵臓がんでステージⅣbという外科手術不可能な末期であることがわかったからです。
頭は真っ白でした。
真冬でしたが、頭から全身、嫌な汗をたくさんかいていました。
それまで、がんに関しては将来、年老いていくに連れ罹患する確率が高いだろうという程度しか考えていませんでした。定期的に検診を受けていれば、早期発見で治療できる病気の一つという程度の認識でした。
身近ながん体験と言えば、男性の友人が胃がんを摘出して、再発検査を半年に一度受けている者がいるくらいであり、同世代ではそれほど罹る病気とは思っていませんでした。親族でも60歳以降の者が罹る病気の一つという感覚でした。

●告知を受けた際、誰かに相談しましたか、また主治医とはどのような話をしましたか?

検査入院を経て、いざ告知を受ける際には、妻抜きで、夫の私と妻の両親を呼んでくださいと言われました。義父が他界しており、妻の母親と妻の姉に話しました。それから、胃がんを克服した先ほどの友人にだけ話しを聞いてもらいました。
とにかく主治医には、「治してください! 妻を助けてください!」とお願いするしかありませんでした。現代医学では限界があろうとも、医師という立場の方から、大丈夫ですよと言ってもらいたかったのです。ただ可能性を、希望をもたせて欲しかった。そのためには、予め主治医に聞きたいことを妻と一緒に調べたことをまとめておいて、時間制約のある医師との貴重な時間をうやむやに無駄にしないように務めました。
必ずや、希望の光が見つかると信じて妻と一緒に膵がんを克服してみせるという、強い意志をもって主治医との良好な信頼関係が築けるようにと、素直に主治医に話していました。

●奥様ががんに罹るような思い当たる点はありませんか?

振り返って見ても、妻が膵臓がんに罹るような原因は思い当たりません。喫煙やストレス、肉類ばかりの食事過多などはなく、妻の日常はがんとは無縁の生活だったと思います。
ただ、妻の父親が9人兄弟の末っ子で胃がんでした。他の兄弟の方にもほかのがんに罹患されたかたいらっしゃったようですが、膵がんの方はいませんでした。
また、妻の母方の親族でも、40代前半で大腸がんや食道がんに罹患し発見されたときには全身に転移していた叔母がいらっしゃったようです。妻が小学生の高学年の時に血液の病気で1か月ほど入院していたようでしたが、それ以後は風邪一つ引かない丈夫な女性でした。