実現をめざす取り組み
正当に迅速に承認されるために。がんペプチドワクチン用ガイダンス
川崎医科大学 山口先生による解説
日本バイオセラピィ学会がん治療用ペプチドワクチンガイダンス委員会 委員長
川崎医科大学 臨床腫瘍学 教授
山口 佳之氏

1.ガイダンスとはどういうものか
『ガイダンス』ってなんでしょうか。ではまず、抗がん剤の開発を考えてみましょう。ある種の物質を精製し、1. 試験管の中でがん細胞に投与し、2. がん細胞を傷害するかどうか調べ、3. 傷害するものであれば動物実験を用いて生体で育つがん組織を治療したり、4. 毒性の確認、5. 発がん性、6. 催奇形性のチェックを経て、7. ヒトで試し、安全性、8. 腫瘍縮小効果、9. そして既存の治療と比較して延命効果を有するかテストします。それが証明されてはじめて、薬として承認され、みなさんのお手元に届きます。対象となる患者さんは現在の医療ではお治しすることのできない手術不能の患者さんであり、そこでいい結果がえられれば、手術したあとの再発予防はどうか、など、種々の病態に試されていきます。従来の抗がん剤の開発はすべてこの手順に従って開発されるわけです。このような1~9の開発の手順を書き記したものが『ガイダンス』です。ガイダンスがあることによって、製薬会社などの開発者は、迷うことなく新規薬剤の開発に着手することができます。『ガイダンス』とはバイブル、新しい開発を促すための手引です。
 がんワクチンの開発ではどうでしょうか。がんワクチンの開発では、抗がん剤と同じではいけない、という考え方から、この度我々はがん治療用ペプチドワクチンのガイダンス作製に着手しました。
2.今回の試案の発表の背景 ~FDA(米国食品医薬品局)の発表などを踏まえて~
今回の試案発表の背景を述べる前に、がんワクチン開発の歴史を少しご紹介します。がん細胞自体を用いたワクチン研究はかなり古くからおこなわれていましたが、科学的な理論的根拠は不十分でした。がん細胞が免疫系に認識される目印、つまり、がん抗原の本体が不明のまま進められていた研究だったからです。1991年、ベルギーのグループによって世界ではじめてメラノーマ細胞の抗原をコードするMAGE遺伝子が同定され、歴史が動きます。この大発見は、免疫系がどうやって抗原蛋白を認識しているのか、そのからくりを分子レベルで理解することに貢献しました。すなわち、がん抗原の本体は抗原提示細胞(司令塔)やがん細胞の表面にあるHLAというお皿のうえに提示されたタンパク質の断片、ペプチドだったのです。そこからペプチドを用いたがんワクチンの臨床研究が1995年に開始されました。確かに、想定通りの免疫応答が誘導されること、ごく少数例ではあるけれど、がんが小さくなる症例が存在することなどがあいついで報告されました。しかしながら、そのような効果は既存の治療でも得られるものであり、2004年にはがんを小さくすることに限りのあるがんワクチンの研究は、強く非難されるに至りました。
 しかしながら、あたらしい考え方で研究を展開するグループの力によって、がんワクチン研究は花開きます。ポイントは、手術後の再発予防と、腫瘍縮小にとらわれない延命効果でした。つまり、腫瘍縮小効果を確認して薬になっていた抗がん剤と、まったく異なる、逆転の発想が必要だったのです。腫瘍縮小にとらわれずに根気強く投与を継続していれば、実は、延命効果が認められました。そのことによって2011年、米国FDAは前立腺がんに対するがんワクチンをはじめて承認するにいたりました。考えてみれば、抗がん剤はがん細胞に直接作用しますから、効果は早く、週や日の単位で縮小効果が現れます。がんワクチンはどうでしょう。がんワクチンはがん細胞に直接作用するわけではなく、ワクチンが免疫系のリンパ球に作用して活性化し、活性化されたリンパ球が増殖し、がん細胞に到達して間接的に傷害する、という作用機序ですから、効果が発揮されるには時間が必要だったのです。現在、そのような発想から、世界中がこぞってがんワクチン開発に乗り出していることはご存じのとおりです。我が国に多いいわゆる5大がん、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、乳がん、これらのがんは手術以外ではお治しすることが困難な現状ですが、抗がん剤の発達で確かに延命することができるようになりました。でも、同じ延命効果をがんワクチンで得ることができるとしたら、副作用の強い抗がん剤とそうでないがんワクチン、みなさんはどちらを選ばれるでしょうか。
 ここで重要なことは、米国FDAの先見の明です。米国FDAはこのようながんワクチン時代の到来を予見し、世界に先駆けて2009年、すでに、がんワクチン開発のガイダンス案を発行しています。パプリックコメントを受けた後、前立腺がんワクチンが承認された昨年10月には、正式なガイダンスとして発行されました。
 もうおわかりと思いますが、我々日本バイオセラピィ学会では、理事長 和歌山県立医科大学第二外科山上裕機教授のイニシアティブのもと、米国に遅れるなと、我が国独自のガイダンスを学会主導で作製し、がんワクチン領域の新薬開発の考え方を変え、その創薬を活性化せねばならないと考えたわけです。正当なガイダンスなくして、従来の抗がん剤開発のルールに従った開発では、実力ある、ワクチンという新薬の金の卵が、正当に評価されることなく消えて行きかねません。このことを強く危惧し、今回のガイダンス案の作製となったわけです。現時点では一学会が作製したレベルのガイダンス案ですが、将来はより大きな学会や規制当局のお目にとまり、行政にご支持いただく、あるいは行政から再発行していただけることを目標に、有志が集まり、知識と経験、情熱そして信念を込めて、約1年がかりで作製したガイダンス案です。
3.キーポイントは安全性確保と有効性の評価
がんワクチンにはいろいろな種類があります。1. がん細胞そのものを不活化してワクチンにするがん細胞ワクチンや、2. がん細胞にサイトカイン(免疫に機能する微量生理活性蛋白のこと)などの遺伝子(蛋白質の原図)を導入し免疫刺激能が高くなるようエンジニアリングしたサイトカイン遺伝子導入がん細胞ワクチン、3. 抗原提示(リンパ球の刺激・教育・活性化)を専門的に行う樹状細胞を用いた樹状細胞ワクチン、4. がん抗原蛋白やその遺伝子DNA自体を用いたワクチン、そして5. がん抗原蛋白の断片であるペプチドワクチンです。それぞれに利点・欠点がありますが、我々はもっともお薬に近いと考えられているがんペプチドワクチンのガイダンスをまず作製することにしました。
 ペプチドはそもそも我々の身体に存在するものであり、安全性の確認をどうするか、議論がありました。ペプチドそのものの安全性は、化学的にはあたりまえと考えられます。なにしろ、体内を流れているものですから。ですが、『お薬』となると話は別です。お薬の中にはペプチドのみならず溶媒などのその他の部分があるからです。この部分の安全性・毒性のチェックとして、最小限の動物実験は必要と考えられています。
 免疫系を刺激することによる毒性・安全性の確認はどうでしょう。このことは、いくらマウスを用いたとしてもヒトでの反応を外挿することができません。免疫系の仕組みが総論は類似していても、各論として異なっているからです。同じ車でもトヨタと日産の部品が異なっているようなものです。ペプチドが免疫を動かすことによる安全性・毒性はヒトで確認するしかない、というのが現在の認識です。
 効果についてはどうでしょう。前述のように、ワクチンは、従来の抗がん剤のように直接がんに作用するのではなく、ヒトの免疫系に作用してその免疫系ががんに対して間接的に効果を発揮します。したがって、従来の抗がん剤と大きく異なる考え方で開発される必要があります。
 具体的には、まず、適切な研究対象を選択することです。免疫を介して効果を発揮する以上、免疫状態が保たれている対象を選択する必要があるでしょう。手術後の再発予防のセッティングは、がんが身体から取り除かれていますので対象の免疫状態が保たれており、よい対象といえそうです。進行がんを対象とする場合にあっては、免疫が保たれているお元気な方がよい対象と考えられます。
 研究デザインとしてはどうでしょう。通常の抗がん剤の開発にあっては、抗がん剤の投与によって腫瘍が縮小することが開発指標の一つとなります。ワクチンではどうでしょう。ワクチンでは、免疫の刺激に時間を要する結果、効果の発現にも時間がかかり、遅発性に効果が出現すると考えられますから、これに配慮した試験デザインが必要です。つまり、試験開始直後に腫瘍増大が認められても、即座に『無効』と判断することのないよう、デザインする必要があります。結局、腫瘍縮小を指標とするデザインは不適切と考えられ、唯一、最も大切な治療指標である、生命予後を指標とした試験デザインが重要と考えられるのです。
4.ガイダンス試案の概要
試案は、序文、ペプチドワクチンの特徴、がんペプチドワクチンにおける非臨床安全性試験の考え方、がん治療用ペプチドワクチンの研究開発時における品質保証の考え方、臨床試験、おわりに、文献、Q&Aから構成されています。
 序文には、がんワクチンが開発された歴史と、このガイダンス作製に至った経緯を記載いたしました。
 ペプチドワクチンの特徴には、ペプチドワクチン開発を考えるうえで知っておかねばならない、抗がん剤など他の悪性腫瘍治療薬とまったく異なる、ペプチドワクチンの特徴が解説されています。安全性試験や臨床試験の推奨を理解するうえで重要となります。すなわち、ペプチドワクチンは、皮下投与することによって、抗原提示細胞である樹状細胞に到達し、そのままリンパ流を介して所属リンパ節(身体の部分々々を守備担当しているリンパ節)に到着して、そこでリンパ球に抗原情報(ペプチド)を提示して刺激・教育・活性化し、リンパ球をがん抗原に特化した攻撃細胞(CTL)になるよう育てます。教育されたCTLは全身を回ってがんのところに到達し、がんを攻撃することによって効果が発現すると考えられます。例えば、警察犬に犯人を探してもらうことを考えてみましょう。リンパ球は警察犬でありがん細胞が犯人で、ペプチドはいわば犯人の遺留品の匂いであり、樹状細胞はにおいを犬にかがせる警察官・訓練士というわけです。
 非臨床試験の項では、以上の理解に基づいて、がんペプチドワクチンにおける非臨床安全性試験をどう実施するか、その考え方が記載されています。
 がん治療用ペプチドワクチンの研究開発時における品質保証の考え方は、FDAのガイダンスにはない、我々のガイダンス独自の項目です。ペプチドの部分の安全性と同時に、むしろ、基剤や不純物の安全確認の必要性について記載されています。ペプチドがそもそも体内に存在するものである以上、ペプチドとしての安全性に異存ないと考えられます。ですが、お薬としての安全性の確認は、前述のごとく、動物での確認がまず必要でしょう。一方、ペプチドがお薬として効果を発揮する際に生じる副作用の確認は、結局、ヒトで実施する以外、推し量ることができません。
 臨床試験の項では、投与量や投与スケジュールを確立し、有効性と安全性を証明するための探索試験探りを入れ、情報を収集する試験)および検証試験(効果を証明する試験)について記載されています。ワクチンによって、仮説どおり身体が反応するのか、理論を証明する(proof of concept, POC)ことがそもそも重要です。そのために、体内の免疫が想定どおり反応することを確認する免疫モニタリングの必要性や、対象として免疫状態の保たれている方々を選択すべきことなどが記載されています。
 最後に、研究デザインのことが記載されています。有望なおくすりであっても、研究デザインと評価方法を誤れば、その効果は正当には評価されません。われわれは、過去、この過ちを繰り返してきたようです。具体的には、進行症例の試験においては、抗がん剤とは異なり、早期の腫瘍増大にとらわれないで、効果の重要性、つまり、生命予後を指標とした試験デザインの重要性や、観察期間後期の予後の差を重視する統計解析の重要性が記載されています。
5.FDAガイダンスとの対照
我々が案作製をほぼ終了し、2011年の12月初頭に公開を予定していた矢先の2011年10月、FDAは案としてパブリックコメントの受け付けを終了し、最終ガイダンスを公開しました。FDAのガイダンスがまだ案の時に、我々は独自のガイダンス作製に着手しましたから、FDA案の項目は満たし、かつ、独自の項目を追加したつもりでした。ですが、以下に述べます点に相違がありました。
 まず、FDAガイダンスは、がんワクチンすべてに対し網羅的に記載されています。我々は、がんワクチンのうち、ペプチドワクチンに特化したガイダンス案を作製しましたので、その点が大きく異なります。言い換えますと、米国では、がん細胞ワクチンや樹状細胞ワクチンなど、広範なワクチン開発のアクティビティが活発化していることを示唆します。
 次に、我々のガイダンスでは、製剤と品質保証の項目を設けた点が特徴的で、FDAガイダンスには認められません。ペプチドワクチンに特化したガイダンスであることが可能にしたとも言えますが、おくすりの開発において重要な部分です。議論の多い部分でもありますが、なんとか形にいたしました。
 最後に、FDAガイダンスには、案の時点でなかったペプチドカクテルの項目があり、われわれのガイダンスにない点となっています。がんの抗原(目印)は一つではなく、たくさんのペプチドを用いることによって、効果の増強や、治療対象を増加できる利点が考えられます。我々のガイダンスにも今後盛り込むべきポイントと意識しています。
6.パブリックコメントの募集について
以上、この度のがん治療用ペプチドワクチン開発の将来展開を考慮し、日本バイオセラピィ学会として、まず必要とされるガイダンスを作製し公開したことについて概説しました。各方面からのパブリックコメントを以下のサイトで受け付けております。是非、ご意見いただき、本領域が活性化されますことを期待いたします。この活動が、規制当局に届くことを祈念して、項を終えたいと思います。
 ガイダンス案はこちら
 パブリックコメントは、右記メールアドレスまでお寄せください。

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